昭和四十四年一月十四日
X御理解第八十一節 「氏子、十里の坂を九里半登っても、安心してはならぬぞ。十里を登り切って向こうへおりたら、それで安心じゃ。気を緩めると、すぐに後へもどるぞ。」
二十年も目の事になりますが、私がまだ福岡にいる頃、もう神様が私につきっきりで教導して下さった時代の事ですが、小倉桂先生、石橋先生、安武先生と云う偉い先生方が、もうそれこそ、つきっきりで、いろいろと教えて下さってあった時代です。
福岡の教会へお参りさせて頂き、いろいろと御祈念させて頂き、お伺いさせて頂くと、ある場合には、四神様が、ある場合には、三代金光様が、教導して下さる。それが、もう勿体のうてたまらんどです。
信心も出来ませんのに、この様なお徳を頂いて、本当に勿体ないと云う事を神様にお礼申し上げておりましたら、「桂と云えば、桂が、石橋と云えば、石橋が、本当にお前は、おかげを受けたものじゃ。」という意味の事を頂いたんです。
そして、次に、「お前のは、頂いたんじゃない。唯貸してあるだけ、借り物じゃ。」と頂くのです。もう本当にそう思いました。信心も出来んのに、こういう事は昔のお徳を受けられた先生方の専売特許みたいなもので、現在の私共の信心には、おしらせとか、御神眼とか、御神耳とか、とてもあろうはずはないのに、私が受けておるのは、よくよくの事だと思うのです。
しかも、信心も出来んのに、こうして頂いておると云う事は、神様から貸しものじゃ、借りものじゃと頂いた時に、確かにそうどころじゃないと思いました。私のは確かに頂いてるのじゃない、神様の御都合で、唯、私に貸しておって下さるだけだ。私のは、借りものだと、確かにそれは、実感でした。
そしたら、又神様から、「一生借りとおせば、その方のものじゃ」と頂いた。一生借りとおすと云う事。例えば教祖様の御信心頂きましても、いわゆる無学の百姓で何にも分からんと謙遜しておられますが、生神様生神様と云うて皆んなが遥ぎ尊んでいる訳ですが、皆んな自分の事を生神様生神様と云うて来るけれども、自分とても、いつ神様から、お暇がでるやら分からんと云われた。
正しく教祖様でも、借りものでおありになったと云う感じが致します。油断をしたら、いつでも取り上げられるのだといわゆるここにあるところの油断をしたら、すぐ後に戻ってしまうと云う事。
そこで今日、私は向こうに降りたら、それで安心じゃと云う事は、これは、例えば信心をする、徳を受ける。その徳を借りとおした。一生私共は、借りとおして、いよいよあの世へ行ったらと云う事です。
一生借りとおして、いよいよ自分のものになって、そして自分のものとして、それをあの世に持っていったところが、私は、向こうへ降りたらと云うのは、それだと、今日皆さんにはっきりもうし上げれる様に感じております。やはり、一生が修行じゃとおおせられますから、一生、修行させてもらう事の中からです。いよいよ徳を高めてまいりまして、その徳とてもです。それはどこまでも借りものですから、油断せずそれを借り続ける。借りとおす事が出来るおかげを頂いて、いわゆる向こうへ持っていけれるおかげを受けさしてもらわねばいけないと云う事。
私は、この二、三日、あちらの世界、霊様の世界の事を、次々に頂くのです。 今朝も、あちらの世界の事を、いろいろ具体的に頂くのです。それから、今日の御理解を頂くと、この八十一節でしたから、それとこれとを頂き合わせて、向こうへ降りたら安心じゃとおっしゃるのは、向こうへ私共の頂いた信心の徳を持って、向こうへ行ったら、、それで安心である。そんなら、向こうで、どういう風な生活をしておるかと云う様な事に触れたいと思います。
これは、身内の事をお話して、恥ずかしい話ですけれども、私の叔父に当たる嫁さんですから、私の義理の叔母さんに当たります。亡くなりまして、もう三十年になりましょうか。子供心にこの人は悪い人だなあと思いよりました。もうそれは、本当に悪い人でした。母がこの人にいつもいじめられておるのを子供心に見ておりました。いわゆる根性が悪いと云うか曲がっておると云うか、姑心が強くて、本当に悪い人でした。
結局その人は、大変な病気で苦しみぬいて死んでいったんですが、それでもやはり、私共の霊屋にお祭してありますから、霊のお祖末は、お祖末としてお詫びさせてもらい、霊の位も段々進んでいく事を、願わせて頂いておりますが、今朝方、この叔母のあちらでの生活を頂くのです。
それは、丁度元帳位な室に住んでる訳なんです。太陽の光が入らないうす暗い部屋です。それでも、こざっぱりとしたかすりの着物でも着ております。それから、食べ物なんかでも不自由はしてないのです。と云うて、所帯道具にたんす一つあるわけじゃない水屋ひとつあるわけじゃない、只、小皿が何枚かあるから、その小皿によって、ご飯も頂けば、おさ湯も頂く、と云う様な生活をしている訳なんです。
私が、遠い遠い所に旅をしている風なんです。そして、そこに立ち寄ったら、叔母が出てきて、助かっとりますと、云うてお礼を云うのです。もう大変な、こちらでの生活でしたけれども、只今では、もうこれ以上何にも望みません。食べる事も食べられ、飲む事も飲まれ、着る物もこうやって与えられておって、別に所帯道具が欲しいとか、あれが欲しいとか思いません。只、小皿何枚かあれば、それで食べていけれる訳なんです。食べ物も、日々こうして、腹ほさんだけのこちらの生活が出来ておると云う事をです。もう真から、お礼を云うのです。
そして、ひと束位になった書類の山が部屋のすみに置いてある訳なんです。何だろうかと思うたらね。どこどこ銀行の預金通帳とか、満鉄の株とか人にお金を貸した証書とか、そういう書類がひと束になって置いてあるわけなんですよ。
そしたら、叔母が云うのですよ、先生、こちらではこれは何の役にも立ちません。けれども、捨てるのには勿体ないからそうして置いていると云うのです。 皆さんが、例えば一生懸命この世で預金をした。又、着物を作った。立派な家に住わせて頂いた。人にもお金を貸した。これは、あの世へは持ってゆけるものではないと云う事。あの世では使われない、役に立たないと云う事。
あちらで、役に立つものは、私の信心の特によって、身についてくるもの、信心の特によって、例えば着物が食べ物が与えられ道具が与えられる。そういう信心の特によるものだけである。
自分の我情、自分の我欲、自分の思い、只もう私が働きだしたものは、これはあちらでは役に立たないと云う事。
今日私は、向こうへ降りたらそれで安心じゃ、気をゆるめると直ぐ後へもどるぞとおっしゃる、向こうへおりたらと云うところを、この世をおえて、私共は、向こうの世へ行った時それでようやく安心、それとてもそんならこちらでですよ。神様の気感に適わぬ生き方をした人は、その私の叔母じゃないですかれども、苦しみに苦しみぬいて、まあ幸いにしてです、こうやって、身内の者がおかげを頂いてまいりましたから、先生あなたのおかげでこの様におかげを受けておると。
まあ、これは、昨日頂いたんですけれど、昨日は、私の隣の叔父と叔母と遺族の者の姿を頂いたんですが、どういう風にもうこざっぱりとした格好でですね。どこかへ出かけて行っておると云う感じでした。と云う程におかげを受けておる。やはり若い時から、しっかり信心をしておりましたので、こちらではそう恵まれなかったけれども、あちらではおかげを受けておる。
もう一人は、これは私のいとこでしたけれども、三十位で亡くなりましたけれども、この人は逆に仏様のようにいい人でした。うしろ姿を頂くのですが一目でその姉と分かるのです。それがですね。道行きとか云うコートを着て、髪を昔のハイカラさんに結って、頭にはヒスイかなんかの青い髪飾りをしてその後ろ姿のええ事ええ事、それに紫のふろしきを手にして、その後姿を見せて下さるんですよ。
云うならば、自分の思うままにデパートかなんかへ行って、買物をしていると云う感じなんです。自由に自分の必要な物が買える身分のおかげを頂いている。
なる程この人は良い人だったからと私は思うのです。それこそ、実によい人でした。陰で人を助けると云う感じの人でした。ですから、うしろ姿が美しいと云う事はね。どういう事であろうかと私は思うんですけれども、結局、前から見るよしも、後ろから見た姿、いわゆる外観から見るよしも、内容が素晴らしかったと云う意味だと思うのです。
信心して焦点をおかなければならないのはそこなんです。確かにあの世での生活が有るのです。なかったら信心は、もう無いと云うてもいいですねえ。あの世での生活が必ずある。だからこそ、この世でしっかり徳を積まして頂いてです。その徳をあの世までもってゆけれるところまで、あちらへおりたところまで、もって行けれるお互いおかげを頂かせてもろうてです。あちらでも、只なんとなくやってゆけると云うだけでなくて、そんなら、こちらの方へ反対に、子孫の者の上にまでも、その身のまもり、家のまもりが出来る位な、力を頂いておきたいと、こう思います。
氏子十里の坂を九里半登ってもと、例えば七十になっても、八十になっても。どんなに私がおかげ頂いてもですよ、油断をして、元へもどったら、これは全部神様へ、又この世でお返ししてゆかねばならない。
お前のは貸しものじゃ、借りものなんです。だから、この世でつういっぱい借りれるだけの信心、云うならばそれを、お徳を受けると、こう云うのですけれども、つういっぱいのお徳を受けさせて頂き、それを一生借りとおさせて頂くおかげを頂いて、向こうへおりたら安心じゃ。即ち向かうへ行ったら安心じゃ、もうそこにはいわゆる安楽の世界とでも申しましょうか。極楽の世界へ行ったら安心じゃ。
向こうでの世界は、いつまで続くやら分からない世界。ここではせいぜい長生きしたところで百年間、その五十年なり百年の間に、私共が本当に信心の稽古を本気でさせてもらい、真の人にならしてもらい、真の道を踏ませてもらい、人間としての霊長としての値打をいよいよ作らせて頂く事に精進させて頂いて、しかもそれは油断なく、後へもどる様な事のなく、おかげを頂いていく。その事はどういう事かと云うと、一生そんなにと云うと、大変な様ですけれども、実は、もう嬉しゅうて、楽しゅうて、有難うて、勿体のうてと云う生活を続けていこうと云うのですよ。
それを、維持していく為の修行ですから、有難いでしょうが、有難い勿対ないと云う生活それが、修行なのです。
今日は、この八十一節の「向こうへおりたら」というところをこれははっきり、私共がお国替えのおかげをいただいてあちらへ行ったら安心じゃと云うのですから、一生が修行じゃとおっしゃる教祖の御教えの意味もわかるし、この方とてもいつ神様からお暇がでるかわからないとおうせられた教祖様のお言葉がこれで合点が行く様に思います。
どんなに、私が現在おかげを頂いておると行っても、それは、おまえのは貸しもの借りもの、いつ神様から又、取り戻されるかわからんけれども私が油断なくありがたい、勿体ないの信心をいよいよ維持して行くことに焦点をおいての精進ができるかぎり、私は一生借り続けることができたと思います。一生借り続けねばなりません。そして例えば、あちらに持っていかれるものは○○証券でもなければ、○○銀行通帳でもない。どこまでも、まあ、いうならば天の銀行とでも申しましょうか。神様の銀行とでも申しましょうか。本当の意味においての御用、神様の銀行へ御用をさせてもろらうということが、それが預金になるような、お預けをするような気持ちで御用を頂けたら、それこそがあの世へ持って行けれる預金になることを私は、信じます。
今日は、この八十一節の「向こうへ降りたら」と云うのを、あの世へ行ったらと云う事である事を確認した様な気がします。どうぞ。